【レビュー】間違いだらけの「安いニッポン」

本のレビューとか滅多に書かないですが、久しぶりに超絶酷い内容の本を読んだので、しかもそれがベストセラーで大人気になっているというから注意喚起の意味でもレビュー書いときます。タイトルは『安いニッポン「価格」が示す停滞』（中藤玲・日経プレミアシリーズ）。

【概要】

日本経済新聞社で連載されていた記事を本にまとめたもののようです。要約すると、

1. 日本の物価は世界各国と比較して安い
2. 給料がほとんど上がっていない
3. だから日本は衰退している

ってことのようです。

【世帯所得と個人所得】

とりあえず、本の帯にも書かれている年収1400万円は低所得ってとこをみていきましょう。

1. サンフランシスコでは年収1400万円は低所得
2. 日本で一番金持ちの多い港区でも年収は1200万円
3. だから日本は貧しい国

って論法。しかし、よく注意して見ると…

米住宅都市開発省がサンフランシスコで「年収1400万円の4人家族を『低所得者』に分類した」という数字だ。

となってます。これ、『4人家族』の『世帯所得』の話ですよね。一方で、

都内トップ級である港区の平均所得を見てみると、「年約1217万円」だった。つまり日本の富裕層エリアと言える港区でも、平均所得はサンフランシスコの『低所得』に分類されてしまう。

とやってるわけです。しかし、この港区の数字は個人所得のものです。

調べてみると、こちらのサイトに同じ数字のデータがありました。

総務省「課税標準額段階別令和元年度分所得割額等に関する調」より「課税対象所得÷納税義務者数」にて算出

となっています。やはりこの数字は明らかに個人の所得額です。要するに、著者の中藤玲って人は、世帯所得と個人所得をごっちゃにして「日本ってとこは金持ちの多い港区でも低所得者なんだぜー」と日本をディスってるわけです。

当たり前ですが、サンフランシスコで低所得とされているのは所得1400万円以下の4人家族の世帯の話ですから、両者を正しく比較するなら、港区の世帯所得と比較しないと意味ないですね。

では港区の世帯所得はどうなのか。計算しましょう。4人家族（夫婦2人＋子2人）なら「世帯所得」は、

個人所得1,217万円 ✕ 2人 ＝ 2,434万円

です。これ、サンフランシスコの低所得世帯基準（1400万円）より1,000万円以上高いですから、ぜんぜん低所得ではないです。

ちなみに、「専業主婦がー」という反論もあるでしょうが、平均個人所得は単純に世帯所得を総世帯人員で割った平均値なので専業主婦世帯も平均世帯年収は2,434万円で計算してオッケーです。子供は含まれません。「じゃあ1人暮らしはどーなるんだ」ってご意見もあるかと思いますが、サンフランシスコで低所得とされるのはあくまで年収1,400万円以下の4人世帯の話。1人暮らしで年収1200万円なら低所得とはカウントされません。

やはり著者の中藤玲さんは中学生でも知っている「世帯所得」と「個人所得」の違いが理解できていないみたいですね。これはさすがに恥ずかしい。この中藤玲という著者が何者かを調べてみたところ、ナント日本経済新聞社の記者…。こんな基本的なことも理解せずに記事を書く著者も著者ですが、その間違いに気づかない、さらに帯で大々的に宣伝しちゃう日経の編集者もナニしてんだかって感じですね。

【YouTuberに拡散されるデマ】

しかし、何でこんな酷い内容の本がベストセラーになっているのか。調べたところ、どうやら某人気YouTuberがこの本を動画で取り上げたことが発端のようです。

中田敦彦のYou Tube大学がこの本を取り上げていました。この動画の視聴者数が1ヶ月でナント150万人。

この人、動画の中で港区の平均年収は1200万円と大きな字幕付きで紹介。大きな声で

「サンフランシスコでは港区の平均は低所得に分類されるということでございます」

とドヤ顔でデマを拡散しているわけです。

やれやれ、どこの大学を出ているのか存じませんが、この人も世帯所得と個人所得の区別がついてないですね。何が怖いかというと、この動画では、書籍の中では記載されていたサンフランシスコの数字が4人家族の世帯所得であることに一切触れていません。

この動画見ただけだと、

「港区の年収でも低所得なんだ！」

「日本オワタ！」

と勘違いしちゃいますね。この動画を見た150万人はほとんどが港区＆日本は低所得と誤った認識を持っています。コメント見ても「日本安い」のオンパレード。視聴者のメディアリテラシーが低いのも問題ですね。影響力のある人間が誤った情報を発信・拡散してデマが広まる。教科書に載せてもいいような笑えない話です。

【総合評価☆★★★★】

これ、日経はすぐに書籍回収したほうがよいのでは。こんな酷い事実誤認を拡散して問題にならないの？ってレベルです。中藤玲氏の記者としての能力が低いのはもちろん、日経編集部のクオリティも疑われますよ。くわえてマヌケなYouTuberもリテラシーの低さを露呈しましたね。全部まとめて星1つ付けるのもどうかという内容でした。